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健康経営が持つ社会的意義について

 

健康経営という考え方が広まっています。健康経営とは、アメリカの心理学者ロバート・ローゼン博士が提唱した「ヘルシーカンパニー」という概念に基づいた経営手法のことで、社員の健康を促進する取り組みを行い、会社の利益にもつなげようとするものです。日本では、経済産業省が推進しており、2015年に「健康経営銘柄」という肩書が作られ、一定の条件を満たした企業に与えられてきました。これらに認定された企業は、金利が安くローンを組めたり、株式市場で評価されて投資資金を調達しやすくなる、就職希望者数が増える、、、etcといったメリットがあります。

 

≪投資については以下を参照≫

 

 

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今回は、健康経営を行うメリットを、働く個人、企業そして国の3観点から考察していきたいと思います。

 

働き手のメリット

 健康経営によって、働き手は心身ともに健康な状態で働くことが可能になりますが、それによって健康に生きる、というシンプルなメリットを享受するのみならず、長期的に見れば、健康に寿命が延び、家計における医療費の割合が減る、というメリットを受けることができます。

 糖尿病をり患する人数は、予備軍も含めると日本においておよそ2000万人にのぼりますが、経口血糖降下薬(糖尿病の飲み薬)での治療の場合、およそ月3000円(3割負担)~、インスリンを使った場合およそ月10,000円以上、糖尿病腎症が引き起こされた場合、透析におよそ月10,000円(公的助成制度利用して)必要になります。それぞれ、年間3~10万円の自己負担費が必要であることが分かります。

 企業が率先して社員の生活習慣病予防に取り組んだ結果、このような疾患にかからなければ年間これだけの費用を浮かすことができます。仮に60~80歳で透析治療を行った場合、計200万円の医療費が生じます。健康経営は、個人の健康のみならず、資産を守ることにも直結しています。

企業のメリット

 企業は、健康経営に費用を投じ、それによるメリットを享受することができます。この考え方を健康投資、と言います。

 現在、健康経営に関するエビデンスは多くは蓄積されておらず、国、企業が手さぐりに近い状態でこの取り組みを進めていますが、米Johnson&Johnsonは、研究の結果、健康経営に1$投資した場合、3$のリターンとなって帰ってくると結論付けています。研究によっては、1$に対し6$になると結論付けたものもあるようです。ただ、J&Jの研究は、アメリカ企業における研究であって、日本の企業においても同様のことが言えるかは定かではありません。アメリカ企業の場合、社員は会社の企業保険に入っていることが多いため、社員が病気になった場合、企業が医療費の一部を負担します。そのため、社員が病気になる割合が減れば、企業の医療費負担の削減に直結するため、メリットが大きいようです。

 しかし、健康経営のメリットは、医療費負担減少だけでなく、他にも多くのメリットがあり、

・社員が健康でいることによって生産性が上がる

・企業のイメージアップにより就職希望者数が増える

・企業のイメージアップにより投資資金が集まる

・低い金利でローンを組める

等が挙げられ、投資した資金を上回るリターンが期待できます。

 

国のメリット

最後に、国のメリットです。国が健康経営で享受するメリットは、『GDPが増える』。これに尽きると思います。GDPが上昇する機序としては、

・国民の生産性が上がる

・医療費が抑制できる

・生産年齢人口が増える

大きくこの3つに大別できます。

国民が健康でいることによって、生産性が上昇するのは前述のとおりです。また、医療費が抑制できることに関しては、先ほど企業のメリット、の項目では、『日本の企業においても同様のことが言えるかは定かでは』ないと述べ、アメリカ企業の方が直結したメリットがあるようなニュアンスで書きましたが、国という単位で見たときには、日本においても直接的なメリットがあることが分かります。日本は国民皆保険制度であるため、医療費の多くを国が負担します。病気になる国民の割合が減れば、医療費の減少に直結するわけです。

 また、『生産年齢人口が増える』ことも大きなメリットの一つです。昨今、少子高齢化が進み、医療費をいかにして減らすか、国の生産力をいかに維持するか、が問題となっていますが、働くことが可能な期間を延ばせば、生産年齢人口を増やし、若者に支えられる高齢者の割合を減らすことができるわけです。これは、上述の『医療費が抑制できる』メリットにも直結します。

 

 そんな年まで働かなくちゃいけないの?という声もありますが、健康でいられることを前提にすれば、働きながら自立した生活を送れる、ということは、個人の尊厳につながり、幸福な人生につながると考えられます。
 健康経営は、個人の健康・幸福のみならず、企業の利益につながり、最終的にはGDPの上昇という国家レベルでの利益をももたらす経営手法だと言えるでしょう。個人にとって優しいシステムが社会にとってもメリットを生み出す、この健康経営という手法に、今後期待したいです。